現時点で、私のように「自分」を認識している構成員はもう少数派になっているのでしょう。
なので、人形にも参考になりそうなことを書きます。
地球は行き過ぎた生産を積み重ね、その背景ではにっちもさっちもいかなくなっているのだろうなぁと想像します。
これを押さえ込む、一応、秩序を維持する防衛ラインを守る、のであれば、積み重ねすぎた資産(実は負債)を減らしていくという方向性しかありえません。
そのため、やるべきことは「減速」であり、方向としては「今までやっていたことの一部を止める」ということになります。
「もう止めた方がいいぞー!」→「止める」ではなくて
「秩序維持するなら」→「止めざるを得ない、他に選択肢がない」という状況です。
で、問題は、新しい技術とか、新しいプロダクトとか、どんどん発明して作っていく過程では、「なんか進歩してるじゃん」と思って、前に進んでいるように思えるのですが、
「今までやっていたこと(実はアカンこと)を止める」というのは、過疎地の寂れた商店街のような、「これは、死に向かっているのかな・・・」というネガティブな印象があり、はっきり言って楽しくないでしょう。
私のように、人生という表舞台に対する、裏舞台(あの世)のことが見えていない人は、そのように思います。
ただ、裏舞台が見えている人は、はっきり言って、人間社会が減速すると「ほっとする」でしょう。実際に負担が減るので。
ただし、その先に、一体何が待ち受けているのか、それが判断できずに怖いから、現状維持の「アカンこと続行」をずるずるやってきたという経緯があります。
私からすれば、そんな先のことの保証や担保など、意識に昇らせる必要はないと思いますね。
結局、「今」「ベストだと思うアクション」を「積み重ねる」しかないんですから。
今のベストはなにかっていうと、減速でしょう。
人口減、GNP減、いいでしょう。「国民一人当たりGDP」は高い水準でキープした方が制御しやすいかもしれませんね。
それが正しいと信じられるのか?信じられないのか?が問題です。
信じられないなら、じゃあ何するんだ?何なら信じられるんだ?
そういうことを、丁寧にやって、「何を信じられるかよくわからない」状態でアクセルをなんとなく踏み続けるのは、止めた方がいいですね。
減速を信じているならば、淡々とブレーキを踏みましょう。
その結果、果てに何が待ち受けているか?
それはその時、判断すればいいだけです。と、私は思っているのでそうしています。
私をマネしろとは言いませんが、今までのやり方が上手くいってないのであれば、私の言ってることも参考にする価値はあるんじゃないかなと思います。
私は、最悪、秩序崩壊のラインまで見ていますから、危機感というか、そういうものもある程度調節できるので
他人のことは気にせず、自分が信じる道を行けばいいと思います。