A diary 8/12

ちょっとゴタゴタがあり、また心新たになりました。

 

私としては、新たなる目標ができましたが、普段の生活としては、無理せず健康を保って、家事などに励み、生きていきます。

 

日記の表題を、「A diary」に変えてみました。ただの日記だからです。

 

ネットニュースで、団塊の世代が2025年に75歳以上となり、要介護となるケースが社会の中で爆発的に増える問題についての記事がありました。

 

運送業界は2024年問題、介護の分野では2025年問題と、大変ですね。

 

団塊の世代の子供世代40~50代くらいの、働いている人達の中でも、仕事と親の介護の両立を図る必要性がでてきて、それを支える制度であるとかが不十分であり、問題であるとのことです。

 

私の父は、今年に75歳になりますが、すでに介護の序盤が始まっています。

 

老いは、「食べる」「歩く」「寝る」の三要素が欠けると加速する、という話を聞いたことがあります。

 

私の父は「食べる:○」「歩く:△」「寝る:○」の状態です。

 

間接痛のため、歩くことが辛く、ほとんど運動をしない日々を送っています。そのため、太ももやふくらはぎの筋肉がかなりの加速度で減っていっています。

 

毎朝の朝食作りも、以前は父の担当だったのですが、最近は、すべて私が担うようになっています。

 

私は仕事をしていないし、料理や洗濯のような家事も好きなので(掃除はあまり好きではありませんが)、現在はまったく困っていません。

 

しかし、これから父の老化が進み、例えば「歩けなくなる」となったら、トイレもお風呂も困ってしまいます。

 

あとは「食べられるモノが限られてくる」とか。これは対応は可能ですが、毎日、ちゃんと食べられるものを提供できるか不安はあります。

 

「寝られなくなる」これは、例えば病気で身体が痛くて眠れない、となると、どうケアすればいいのかわかりません。寝たきりであるならば、床ズレ防止に体の向きを替えたり、寝具を洗濯して清潔に保つなどのケアも必要になるでしょう。

 

つまり、これ以上、父の老化が進むと、私目線では「無職でひまな自分であっても、介護は大変そうだ」という想像をしています。

 

働きながら、介護は、無理なんじゃないか、くらいに思っています。

 

そして、共働き世帯である場合は、普通に介護要員がいません。介護休暇のような制度で、「仕事を一時的に休むか」「退職するか」「介護を一手に施設に委ねるか」のどれかになるでしょう。

 

私は介護保険サービスに詳しくないので、もしそれが必要になったら、調べて、頼れるものには頼るつもりです。自力でも、父親の生活環境を整える努力はしますが。

 

少子高齢化とは、大きな波のような試練のようです。

 

とりあえず、波は受けてみて、それからもがいてみようと思います。

 

自分が生き残らなきゃ介護もできません。冷静で的確な判断をすれば、波を凌ぐことはできると信じています。