娯楽性日記 8/11その③

今回のテーマは「関係性」です。

 

以前から、関係性で世界を解きたかったので、それをサラッとやってみます。

 

関係性で解くと言うことは、全体を把握する必要がないというメリットがあります。

 

今まで私は世界を「作用」で解いていました。このやり方だと、もっとも大きな作用のメカニズムを理解する必要があり、そのために全体像を見ないと、というスケジュールを立てていました。

 

でも、私(人間)には見えているモノよりも、見えていないモノの方が圧倒的に多いくらい「情報受信能力」が極めて低く設定されているので、「全体像」を把握することはかなりの無理ゲーです。

 

その無理ゲーに挑んだところ、その技術自体が、ある制限事項にひっかっかるようなので、他律的にも自律的にも、現在封印しています。

 

一方、関係性で解く場合は、特に全体像は把握する必要がありません。

 

自分周りの関係性だけ把握できれば、とりあえず自己責任の範囲内で、必要な情報はそろうからです。

 

自分周りの関係性を列挙すると

 

・空気を呼吸している

・食事を取っている

・排泄している

・景色を見ている

・イメージしている

・考えている

・音を聞いている

・味を感じている

・匂いを嗅いでいる

・身体で感じている

・物質を組み替えている

・身体(内臓)が働いている

・他人と会話している

 

こんな感じでしょうか。

 

これらの関係性に対して、私目線で意味を付したり、かつ、他者目線で意味を付したりしているのが私周りの世界の在りようです。

 

人間の生が不可思議に思える原因は、「これらの関係性に対して、実際には複数の意味(背反する2つの意味とかもありうる)が付されているのにも関わらず、自分目線でのひとつの意味しかないだろうという誤った判断をすること」です。

 

例えば、私目線で良かれと思って、「健康に良い食事を選んでしているのに」、他人目線で、その食事が悪い意味を持っている場合、利害の相克が起こり、せめぎ合いだったり、抑圧的な強制が起こったりします。

 

その相克自体、また他の第三者にとって意味のある関係性だったりします。

 

なので、ひとつの関係性とひとつの意味が「一対一になっている」ケースは、ほぼあり得ないと思って間違いないです。「一対複数になっている」ということです。

 

目をパチパチとまばたきするだけでも、私目線では「生理現象」に近い関係性であるので、「まばたきが悪いことだったらきついな」とは思うんですが、実際にはそれでさえも、一種の筋肉の収縮を伴いますから、負の意味を持ち合わせていることでしょう。

 

人間目線では、ある程度、身体を操作できるので(例えば背中を手でポリポリかくとかも自由にできます)、「自由にできるのなら、やってもいいんだろうな」と思いがちですが、実際にはいろんな登場人物によって付された意味の糸でがんじがらめ、すべてが管理され、すべての関係性が計算されて、適切に並び替えられてるといった世界観です。

 

自分の部屋の片付いていない感じを見てもわかる通り、物質世界のモノのばらつき具合は、けっこう複雑なものがあります。

 

その複雑な環境で、複雑な人間が生活し、複数の異なる意味を付された関係性を生んでいる、という、トータルでけっこうな複雑な世界になっています。

 

なぜこんなに複雑なのか。それは防御のためです。

 

例えば、自分の被害を、別に押しつけて身を守る場合。

 

被害を避けられた自分は嬉しいですが、被害を押しつけられた(つまり犠牲になった)相手は、普通は怒りますね。何してくれるんだと。

 

その際に、複雑性によって、その事実を見えにくくすれば、犠牲になった人から怒りを向けられることも無いし、もっと上手くやれば、積極的に犠牲になることを受け入れてくれることもできるかもしれません。

 

誰かによる「おっこれはいいぞ」という価値の付加があり、人間を取り巻く環境は、複雑になっているんだろうな、と私は予想しています。

 

ここから導かれるひとつの結論は、「平気な顔で他人を犠牲にするひどいやつがいる」ということではなく(そういう関係性もあり得ますが)、「こんなに複雑な世界を見たり操れる技術があるやつがいるのに、そいつは被害自体を抑え込むことができない状況である」ということです。

 

私はこれを「車に轢かれている真っ最中の世界」と今名付けたんですが、

 

我々は、(一部の人が神とあがめるような大いなる存在を含めて)今まさに、スローモーションのような見え方で、車に轢かれている、という世界観です。

 

「素晴らしい技術で、車に轢かれないようにする」ではないんです。

 

「今、まさに車に轢かれている」んです

 

その状況において、犠牲者を出さないということは、不可能です。

 

ただし、全滅は、防げるかもしれません。だから、一部の高い技術を持つ存在は、他人の犠牲を払いつつ、生き残りを図っている。

 

そのもくろみが成功するかどうかは不明ですが、とにかく被害を避けて、生き残る道しか歩めない、歩みたくない、みたいな感じ。

 

ただし、これは私の世界観ですので、信じる信じないは、自由です。

 

もっとポジティブに捉えた方が、大勢が生き残れるかもしれません。