陽気な人・陰気な人

私はどっちかというと陰気な人ですが、陽気になりたいな、という希望はあります。

 

陽気な人は、おそらく、他人の機嫌や態度から受ける影響が大きいから、「私は周りに良い影響を与えるから、その代わりに、あんたらも私に良い影響だけよこしてね」というトレード志向なんじゃないかと思います。

 

私は、イライラして八つ当たりしてくる人は苦手ですが、単に気分が落ち込んでいて陰気な人は別に嫌ではありません。「あー気分が乗ってないんだなぁ」と思って、それだけです。

 

そもそも、他人からの影響で自分にとってプラスにしようという発想がないし、さらに根源的な事を言うと、自分の気持ちをプラスにしようという発想も乏しいです。

 

陰気な人は、マイナス状態が通常なので、プラスになっている・気持ちが上がっている経験がないから、それを作り出そうと工夫する方向に向かわないんだと思います。

 

そして「気分がマイナスでも、いいや」と思ってると、もう抜け出せません。

 

これは、物理的に例えると「部屋が汚い人」と似たようなものでしょう。汚くても別に良いし、掃除する必要性を感じない、というのは汚部屋持ちの人は必ず持っている気持ちだろうと思います。

 

「それが良いのか?」というと、良いとは言い難いです。「汚くても別にいいやの価値観」であっても、「部屋を掃除できる能力」と「実際に部屋を掃除する行動」は健康な生活のためには、重要なものです。汚くてもいいや価値観を持っていても、掃除はすべきですね。

 

私はアパート一人住まいのときは、それはそれはもう汚い部屋になっていましたが(ラグマットにみりんをこぼしても放置とか)、こりゃいかんかったなぁと、今となって思います。

 

掃除をしないと、自分が健康でなくなるし、もし同居人がいるとしたら、その人にも悪い影響があるので、やっぱり掃除は必要です。

 

気分の話に当てはめると、やっぱり陽気で明くするのは大事だし、人として必要なことなんだと思います。

 

自分の機嫌を良くして、他人の機嫌にも良い影響を与える、その能力と、実際の行動は、掃除と同様に人として必要なことだと思いました。

 

とりあえず自分の機嫌を良くしてみるか・・・私はどんなとき機嫌がよくなるんだろう。

 

価値のある情報を手に入れたときは、嬉しいですけど、理性が喜んでるだけで、心は別に喜んでないんです。

 

誰かから褒められたりすると、一瞬、気持ちが上がりますが、一瞬だけで、また普通に戻ってしまいます。

 

感情は一過性、のど元過ぎれば熱さ忘れる、喜び忘れる、状態で、有頂天になったりすることはレアすぎて狙うのが難しいです。

 

あれだな・・・競馬始めたての頃に、天皇賞(秋)で1着スペシャルウィーク、2着ステイゴールド馬連15000円万馬券を当てて、500円買って75000円払い戻しをテレビ中継で知ったときは、死ぬほど気分が高揚しましたね。

 

あと、ホンジャマカ恵俊彰さんの深夜ラジオで、生まれて初めてハガキが読まれたときも、嬉しくて胸がドッキドッキしました。今も恵さんが司会のお昼の情報番組「ひるおび」をよく観てます。

 

そういうのも人生のスパイスになるけど、それを日常的に手に入れるというのは、陰気な私としてはイメージが湧きません。

 

これもひとつの才能の欠如なんでしょうね。でも、才能が無くても2流にはなれると知っているので、ちょっと追い求めてみようかな。