私は多分、理性であれこれ決めたがるので、リベラル派だというレッテルを貼るのが適当なのですが、
保守派にも良いところがあります。
それは、「相手がどんな国民でも、体制維持するぜ!」という意気込みがある所です。
もし国民の8割が、肌の穴から緑色のヘドロを噴出しつつ他人への嫌がらせをして貴族のような高笑いするような人間で占められていたとしても、
保守派は、「力で支配するぜ!」「権力維持するぜ!」という意気込みを持って、
それを実現するための有効なアクションをして、
結果として、実質的に秩序を保つ、という仕事ができます。
一方、リベラル派の仕事では、
「そんなに肌から緑色のヘドロ出さないように対策しよう」
「他人への嫌がらせはやめて、生産的なことができるように教育を充実させよう」
「貴族のような高笑いは癪に障るから、もっと上品に笑えるように練習しよう」
みたいに、「ダメっぽい人間」を、許さないし、許せないということが起こりがちです。
で、実際にはダメっぽい人間は普通にいます(誰もが何かしらダメだ)から、
支配層と国民の「凸と凹」が上手く嵌まらないケースが多くなる。
「政治的に許されるボーダーライン」が高くなりすぎることによって、みんなが自己肯定して自信持って生きられないという弊害があります。
ただ、リベラル派の考え方は、理性的ですので、「物事が整理されて、ロス無く効率よく上手くいく」という長所があります。
一方、保守派の考え方は、許すボーダーラインが非常に低い。
へっぽこ人間でも、「あなたは立派な国民だよ」と政治が言ってくれる。
そして、「だから搾取される苦しみも、がんばって耐えられる」という
エネルギッシュな、国作りに近づきやすくなります。
この辺の二項対立の荷重のかけ方のさじ加減、バランスを取れる人間が、政治家向きだと思いますが、
昨今のZ世代の言動を見ていると、
常に「人間をグルーピングして」「仲間と団結して」「利害対立する他グループとおしくらまんじゅうor綱引きの運動会をやりたがる」という
けっこう謎なメソッド縛りがあるのはちょっと気になりますが、
おおむね、「仲間想いの良い子ちゃん」の傾向が強いですね。シンプルに質が高い。
よって、保守派一辺倒の「地上は地獄の一丁目でござい」みたいなストロングスタイルだけでなく、
「良い子ちゃんもちゃんと活かそう」という「リベラル的なハードル上げ許容&仕事の効率化実現」
っていう図が好ましいかな、と個人的に思います。
で、そのリベラル的な機能を持つのが、人間ではなく、AIなんでしょう。
つまり、人間の政治家は、保守的であった方が、おそらくパズルピースは上手く嵌まる。
保守的な政治家(要求ハードルを下げて、力で以て、どんなダメ国民でも許した上で抑圧するストロングスタイル)が、
いた方が良いと思いますね。
で、同時に、AIの計算結果を、政治的意志決定に反映させる制度を設けて、リベラル的な作用も導入する。
AIに関しては、アウトプットと共に、「使用したインプットすべて」を吐かせるようにすればいいと思いますね。
その「使用したインプット」を頭の良い人間が参照して、AIの計算結果の精度を検証したり、ブラッシュアップさせたりする監視機関を設ける。
こんな感じがいいんじゃないかと思います。
私のようなリベラル派の一国民は、のんびり細々と生活を送るのみです。
要望と機会があれば、力をつかって貢献することも楽しそうですが、
基本的に、ドッヂボールの外野選手みたいな感じになるのがすんなり嵌まると思います。
まさに今がそうですね。無問題です。
おわり