娯楽性日記 8/7

今回のテーマは「鈍感力」と「敏感力」について私の考えを書こうと思います。

 

鈍感力のメリットとデメリットは、敏感力のメリットとデメリットと表裏の関係になっているように見えます。

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・ダメージを受けたとき(マクロ的な安定)

【鈍感力あり】防御力が高い ⇔ 【敏感力あり】防御力が低い

 

・世界の改変(ミクロからの積み上げ)

【鈍感力あり】消極的 ⇔ 【敏感力あり】積極的

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こんな感じです。

 

私は、(特に精神的な面で)鈍感なタイプなので、精神的なダメージには強いです。めちゃくちゃ安定しています。

 

しかし、それゆえに、「他人の心情へのやさしい気遣い」とかは苦手です。

 

ただ、物理的なダメージに対しては、弱いです。けっこう「痛がり」の敏感さがあります。

 

だから、「他人への物理的なやさしさ」はけっこうあります。

 

日本社会では、精神面、物理面共に、敏感力の高い人が多い、というか政治的にそういう人が保護されているようです。

 

敏感なままでいられるのならば、その方が、「切り札」を持っているという意味で、貴重で良いことだと思います。

 

鈍感でいることは、切り札は無い状態ですが、基本能力としては強いです。

 

敏感な方からすると、鈍感な人はデリカシーがなくて、自分が無下にされてるようで悲しいみたいな感情を持つと思います。

 

それは当たり前のようなことですが、

 

敏感な方に知っておいて欲しいのは、人が「鈍感さを身につけるとき」というのは、「限界を超えたダメージを負ったとき」にそうなる場合が多いということです。

 

鈍感な人は、ダメージにより感覚が、壊れてしまっている、ということですね。

 

だからって無神経さが許されるわけではないですが。

 

岩明均さんの漫画「ヒストリエ」の中で、

 

屈強な軍人を昆虫の「アリ」に喩える比喩描写があり、その漫画の中の登場人物は、「アリのような強さを持つ軍人を、『信用できない』と感じる」という趣旨のコメントをしていたと記憶しています。

 

確かに敏感な感受性がある人にとっては、鈍感故の乱暴さを持つ軍人のことを信用できないでしょう。

 

私の個人的な意見としては、「鈍感」な人は、確かにイメージは悪いですが、基本能力は高い面があるので、思う存分「利用」すればいいんじゃないかと思いますね。

 

中には「利用されたくない」と思う鈍感者もいるかもしれませんが、鈍感であるということは、その分野においてとても強靱であるということなので、矢面に立つ前線とかに送っても能力的には問題ないです。

 

相互理解と、分業が発達すれば、鈍感者⇔敏感者の共存はできると思います。