日本は少子高齢化によって、社会保障費の増大や、人的資本(労働者人口)の減少などの問題が起こっています。
これは日本だけでなく、中国を含む先進国はほとんど少子高齢化問題を抱えています。
つまり、これはけっこう有りがちな問題ということです。
単純に、「人口増」「人口減」は確率1/2なので、サイコロ振ったら半分くらいは少子高齢化になるはずです。
しかし、現実としては、地球の人口は増え続けています。確率1/2以外のファクターがあるということです。
そのファクターとは、「働き手の頭数が、労働生産量に比例する」ということです。
それがより顕著に現れるのが、貧困家庭です。
一人当たりで利潤を十分に得られないから、労働者を「かけ算」で増やしていこう、だから子供をどんどん産もう、となります。
労働スケールを上げることによって、貧困の問題を矮小化させようという趣旨であり、これは理にかなっています。
しかし、貧困の問題が無い場合、つまり生活における利潤を獲得できている場合は、その「恩恵を受ける」結果になります。
「恩恵」とは、良い服を買おうとか、余暇をレジャーで楽しもうとか、子供に十分な教育を与えようとか、タワーマンションに住もう、とかです。
これによって、家庭の余剰利益が失われ、「幸せに手が届き、かつ金銭的余裕のない生活」が実現します。
太平洋戦争後、日本は(運良く)製造業が波に乗り、
働き手を産めや作れやで、「労働力のかけ算」の恩恵を受け、
さらに、獲得した利潤によって、「幸せに手が届き、かつ金銭的余裕のない生活」を送っています。
これが2024年時点での高齢者の生きてきた道です。
「貧乏から脱するための恩恵を受けまくり、さらに積極的に幸せに手を伸ばして、金銭的余裕のない生活をする」道です。
単純に評価するならば、「無尽蔵に利潤を食らう、大食らい」になります。
背景としては、太平洋戦争は苛烈で、被害も甚大でした。
なので、戦争に嫌々加担して、傷付いた人達への「癒やし」として、そういうケアがあっても良いと思います。
問題は、「癒やした後」、どうなるかです。
宮崎駿さんの映画に「君たちはどう生きるか」というタイトルがあったと思いますが、
まさに「癒やされた後、君たちはどう生きるか」という問題提起が必要だったと思います。
私の父は、団塊の世代ですが、行動を見ていて思うのは、
「ほとんど、自己制御が効いていない」ということです。
周りの状況を正確に見ていない、その中で自分が何をやっているのか客観的に見ていない、
「自分が満足するようにする」、「食らいたいから食らう」というシンプルな行動原理です。
なので、団塊世代の人達に、「状況よく見て、軌道修正してよ」というお願いは、彼らの能力的に無理だろうな、と思います。
なぜなら、「そういう自己制御を放棄しても、上手くいってたんだから」、そういう成功体験で「味を占めてしまったから」今までのやり方を省みて、再考する動機が弱くなる。
「反省する動機が弱い」上に、「自己制御の能力も十分にない」となると、
結果としては「軌道修正は成されない」となり、残念ながら必然性があっての現象だと思います。
そして、前提として、人類は、長らく「欲望追求の係」でした。
よって、恩恵チャンスがあるのならば、「大食らう」のは、当然と言えば当然です。
私は「欲望追求」を突き詰めた経験があり、自分を「強欲」だと思っていた時期がありますが、
それが「生き残るためにそう在らねばならなかった」「必要があった」から、強欲であることを選択しました。
逆に言うと、「強欲になる必要がないのなら」「それを突き詰める意味は無くなる」のです。
しかし、その辺の状況把握と、自己制御が効いていないのであれば、
「どこどこまでも欲望を追求するモンスター」になることも、残念ながらあり得ます。
このモンスターを再教育するためには、「欲望を追求しすぎて、痛い目に遭う経験」が必要になってきます。
本来なら、「自分でブレーキを踏めば」何事も無く、安全にできるはずなのに、
「自分でブレーキ踏めないのならば」「強制的に大破してもらう」しか道がありません。
しかも、「大破した次の段階で」「それを教訓として活かせるかどうか」も別問題です。
もし自分が痛い目に遭っても、反省せずに、「もっと勢いよく走れば上手くいっていた」とか、「あいつらのせいで不当に被害を受けた」とか、
学習できない人もいれば、学習する人も両方いるでしょう。
地球においては、こういう事故ってありふれてるし、そういう場なので、
まぁ、「満足いくようにして、派手に事故ってもらって」「周囲の人がそのとばっちりを受ける」もんなんだなぁ、と思っておいた方が良いと思います。
事故を起こさないように、自制が効いている人の方が、他人から信頼されるのは言うまでもありません。
モンスター以外の人たちは、彼らが事故って、とばっちりを受けて、後始末をがんばりましょう。
という「割り切り」は、自分が苦労を背負うことになるので、嫌だと思いますが、そういうもんだと思った方が、判断としては正確だと思います。
やりますか~。
おわり