娯楽性日記 8/10その③

今回のテーマは「金(カネ)の機能」です。

 

私は、金稼ぎは生きるために必要なことだし、一部の人がそれに熱中するのはいいことだと思います。

 

ただ、人が認める価値ALLには、金に換算できるものと、できないものがあります。

 

金で換算できるモノやサービス等は、「今、日本の生きてる人の労働によって作り出せるもの」に限られています。

 

逆に言うと、労働によって作り出せないものは、金をいくら稼いでも手に入らないということです。

 

例としては、「街の治安の良さ」とか「子育てしやすい環境」とかの精神的なベネフィットを得られるサービスです。

 

あとは、「30代男性が深夜に小腹が空いたときにちょうどいいピザ」とか、現時点で提供することが困難な未実現のモノ・サービスです。

 

これらは、いくら金を稼いでも、手に入りません。

 

「金の動きだけを追って、経済成長で貧困水準を底上げする」とかゆっても、金で換算できない分野での貧困は、解消されることはないということです。

 

こういうと、「いや、それは政治家の仕事だろう」と思うかもしれませんが、制度やルール作りで、できるのは利害の均衡だけで、貧困をダイレクトに解決する力はありません。

 

貧困をダイレクトに解決するためには、民間の意識のバージョンアップが必須です。

 

それが「ルールの変更によってもたらされるのか」、それとも「自発的にマインドセットを変える」のか、「ルールと自発性の両方なのか」、という道の違いはありますが、結局、民間が変わらなきゃ一部の貧困は続きます。

 

現状においては、岸田政権も「政策でなんとかしよう」というスタンスをとっていますが、政策でできることは利害調整だけなので、そもそも課題解決を要求し期待すること自体無理があります。

 

資本主義の信仰者は、「経済成長さえすれば・・・それしかない!」みたいな感じですが、そればっかりでは頭隠して尻隠さずの「一部ノーガードぼこぼこ状態」になります。

 

現在、実際にそうなってるでしょう。外国はよく知らないのでわかりませんが、日本は少子化とか治安の悪化とか実際に起こっていると思います。

 

このぼこぼこ状態を解決するためには

→民間の意識のバージョンアップが必要だ

→「資本主義オンリー主義」のへぼさを認識することが必要だ

 

という結論を私は出しています。

 

資本主義がへぼいというと、「じゃあ社会主義かよ!それ歴史上全部失敗してるじゃん」みたいなことをよく聞くのですが、実際のところ資本主義がへぼいかどうかはどうでもよくて、「資本主義オンリー主義」が明確な誤りで、怠慢であるということです。

 

今まではよかったですね。金の量のことだけ考えてればよかったんですから。

 

これからはそれだけじゃだめっぽいな~と私は考えます。

 

資本主義オンリー主義は、ちょっと物事を簡単に捉えすぎだと思います。