コロナ in a long time

コロナがなかなか減らなくて、やだなぁと思います。私はラーメン屋をネットで探して食べに行くのが楽しみなんですが、それもコロナがあるから自粛しています。

 

ラーメンはスープをめちゃくちゃ煮込むから良いです。料理するときも、豚の角煮とか、ビーフシチューとか、3時間くらい煮込んで、肉をトロットロにするのがとても好きです。

 

手間を肉の塊に一点集中して、自らのパワーを濃密に凝縮して、溜め込み、解き放つスタイルが好きなんだと思います。モンスターハンターで使う武器もハンマーですし。

 

自分ではラーメン作れないので、お店に行くことになるんですが、店員の人が手間かけてグツグツグツ煮込んだスープ、これは複雑で濃厚な味がする努力の結晶みたいなもんですね。

 

そういう渾身の一打に対して、800円くらい払って、飲む!うまい!という感じで、ラーメンのお店にいくのはなかなかエキサイティングです。

 

以前の日記で、コロナはまだ医療行為でコントロールできない、危険なものなので2類相当のままにして、慎重に対応するべき、と書きました。

 

ツイッターなどを見てると、私と同じようにコロナに対して科学的根拠に基づいてきっちり対応するべきという意見の人もいて、そうだよな~と思っていました。

 

しかし、医療の現場で、全数把握してると入力の手間がすごくてパンクしている、だから2類相当の対応を簡略化して、有限の人員のポテンシャルに見合う対応にするべき、みたいな意見が大勢であるようです。

 

仕事量が人員の能力を上回っているのなら、まぁ普通に考えると仕事を減らす、という結論になるでしょう。未経験のバイトでできる仕事でない専門性の高い仕事でパンクしているなら、そうするしかないですね。

 

ただし、それで例えば全数把握をやめる、というのなら、2類相当のコロナ病に対して、一部撤退して、前線を下げる、という行為になってそのリスクを取ることになるよという認識が必要ですね。

 

このリスクとは、「コロナウイルスの正体がわからなくなるかも」のリスクを指しています。あと、将来来るであろう別の正体不明のウイルスに対して、同じ轍を2度踏まないような適切な対応をするための教材がへぼくなるよ、というリスクですね。

 

その辺のリスクを医療専門家が評価して、リスクを取っても許容できると政府や厚生省が判断したのなら、まぁ全数把握を捨ててもいいんじゃないかなと思います。

 

ただ、医療現場が回らない、治療を受けるべき患者がそれを受けられない、という現状を見て、その解決を第一優先事項にして意思決定するのは間違ってます。

 

なぜなら、コロナウイルスの流行は、30年に一度くらいの頻度の歴史的パンデミックだからです。普通は、それが来ると、みんな困るんです。医療現場も患者も困って当たり前。

 

それを難なく受け流せるというのは、かなりのウルトラCです。この前提を、みんな持った方がいいですね。

 

じゃあその困り具合を減らそう、となるんですが、一番クリティカルなのがウイルスの正体を早期に突き止めることです。それが可能になれば、治療薬が早期にリリースされ、経済的滞留を生まずに、あとは薬とウイルスの殴り合いに持ち込むことができます。

 

現場の作業負荷軽減とか、全ての患者を診るとか、それは2の次でいいと思います。まぁこの判断は、私の判断なので、唯一の正解じゃないかもしれません。

 

しかし、よく考えてみても、「正体不明のウイルス来る→早期に治療薬を開発する」の技術を磨いておくことは、人類にとって必須のアクションであることは、かなり確信しています。

 

今回のコロナに関しては、わんやかんややってたら、コロナ自体の方が弱毒化して、一部の人にとっては「風邪みたい」(一部の人は深刻な後遺症がありますが)になってるし、その風邪みたいな症状の治療薬としては既存の薬が有効になっているみたいですので、「2の次」だった目標に軸足を移していっていい段階なのかもしれませんね。

 

今はまだ後遺症のことがわかってませんので、後遺症を残さずに治療するための薬の開発をがんばってほしいと思います。あるいは、すでに出てしまった後遺症に対して効く薬の開発ですね。

 

そこまでできて、初めて「コロナウイルスはクリア」と言って良いでしょう。

 

止まない雨はない、いつか来る晴れ間に向けて気を引き締めていきまっしょう。