活路・死路について その4

もうその4に入り、いったい、いつになったら「活路・死路」について書けるのだろうか。

 

書いてみよう

 

「活路」は文字通り「将来にわたって生き残れる道」の意味で、「死路」は「将来的に必ず滅びる道です」

 

地球プレイヤーとしては、「活路」を選び、「死路」を避けるのが是です。「そうかな?」「生き残っても滅んでもどっちでもいいんじゃない?」「もっと積極的に滅んだ方が良いよ」等の意見もあると思いますが、私はそうゆう考えもあっていいと思います。ただ、私は今「人類を半永久的に生存させる」を目的に日記を書いているので、前提として、生き残る道を是として話をします。

 

ツイッターで、「リアルの3D迷路で迷わない一番良い方法は、歩き出す前に迷路を上空から観て進むルートを確認すること」と書きました。慣れない言葉でいうと「俯瞰する」という技術です。

 

このとき、3D迷路を上から観て「活路」はこれだな~と、未来予測などを使って判断するんですが、私がそれをやってみてわかったことは「活路」はひとつじゃないということ。制限事項は、「仮に将来的に生き続けた場合、特定の条件(X)は必ず満たすだろうな」ということです。3D迷路で喩えると「マップの中の特定のポイントを通らない限り、先には進めないだろうな」という情報です。巨大な迷路なら、そういうこともありますよね。

 

まず、俯瞰してこの「特定のポイント」を知って、その次に、「じゃあ現在地のポイントがここだから、この最短距離のルートでいこうかな?いや、遠回りでも右から大きく回っていけるな、最短距離は臭いし険しそうだからいやだな、うーんどっちにしようかな?悩ましいからとりあえずビニールシート広げてピクニックでもしようかな」とか考えるのが「活路」の情報を活用した意思決定の形になります。

 

若い頃の私は、焦っていたので、全力で最短距離を突き進み、道があろうとなかろうと関係なく自分で作った獣道を直線的に突き進んでいたんですが、これはとても消耗が激しいので、「活路」を進む、という目的においては、あまりコストパフォーマンスが良くないです。

 

理想は、楽しく進む、多少辛くても楽しいと感じる道を選ぶ、いざというとき速く進めるように若いうちから脚は鍛えておく、という感じでしょうか。

 

ゆるやかで舗装されたハイキングコースをみんなで一緒に歩いてもいいし、ロッククライミングのように過酷だが自分の生命力の充実を感じられるコースにチャレンジしてもいいし、又は座り込んで道端の花を眺めたり、形のいい石ころを見つけて喜んだりしてもいいのです。

 

そういった選択自由性、人生の喜びを享受しやすい環境を得るためには、「活路」を見出す技術が便利ということです。私も今までの道は辛かったけど、結構楽しかったです。もう一回同じことやれといわれたら「できなくはないけど死ぬほど疲れるからいやです」と答えますが。私は不器用でかなりコストパフォーマンスが悪い方法を取ったので、改良の余地はあると思います。後進に期待しています。

 

「死路」については、例えば「あっあの会社、将来必ず滅びるな」ということがわかるようになります。従業員として、内部に入らないとわからないケースが多いですが、外部から見える情報だけでも「この国は自浄して変わらないと衰退するな」とかはわかってきます。

 

「この国の場合、衰退したら、戦争という手段で状況を打開してきそうだな」とか「この国は衰退しても、こういうプロセスを経て、再生する可能性あるな」(これは活路の方ですね)とか、そういう情報は意思決定にも役立ちます。

 

ふぅ、「活路」「死路」の概要をかきましたが、肝の実践、俯瞰する技術、未来予測の技術について述べないと「じゃあどうすればいいのさ」となると思うので、次回は未来予測実践について書こうと思います。