A diary 8/13その②

ネット記事で、最近、動画視聴や家事に至るまで、タイパ(タイムパフォーマンス=単位時間当たりの仕事量)が重視されているそうです。

 

私は動画はたまに見て、家事はやっていますが、「速くやろう」とか「時間を圧縮して密度を濃くしよう」とか、あんまり考えたことがありませんでした。

 

動画を速く見ると、単純に時間当たりの入ってくる情報量が増えて、集中力が要るし、家事も、慣れれば時間はあまりかからないからです。

 

「見たい動画がありすぎて、時間が足りない」という人は、タイパを重視するのは、そうだろうなぁと思います。

 

私にとってYoutubeの動画とかは、「暇つぶし」以上の意味は持たないので、「ひまを持て余してるならば見るし、忙しいなら全く見ない」です。必須じゃない娯楽みたいな感じ。

 

若い人の中には、娯楽で時間を過ごすことが、もはや仕事のような強制力のある営みのように捉えているのかもしれません。脳が酸素を吸うために必要とか。

 

コストパフォーマンスも、「仕事、商品として価値がありますよ」とか「これは無駄じゃないですよ」というアピールのための指標でしょう。

 

「動画視聴が効率良いですよ、無駄じゃないですよ」というアピールが不思議なのは、「動画視聴自体、そもそも無駄なもの(文化)のカテゴリーじゃない?」という疑問が湧くからですね。

 

「時間の余裕を作って、じゃあ、何しようか」というのが問題であり、「家事を速く終わらせて時間を作って、動画を見よう」であるならば、「結局、遊ぶんかーい」と思ってしまいます。

 

時間を作って、勉強する、やらなきゃいけない仕事をする、とかなら昔から普通にやられていたことですね。

 

「自らの余暇の過ごし方の性能を測定する」動機って、不思議ですね。

 

「遊ぶことも仕事なんかい?」というのが私の感想のすべてですね。