A diary 8/22その②

今日のお昼ご飯はレトルトカレーボンカレーでした。

 

レトルトカレーを3種類くらい食べ比べたのですが、3種類の中で中間の価格帯のボンカレーが一番お気に入りになりました。

 

辛さは甘口、中辛、辛口あって、辛口がそこまで辛くなくスパイシーな感じで、辛いものが割と苦手な私でも美味しく食べることができました。

 

温め方は、レトルトカレーの箱の蓋を開けて、中身のパウチがちょっと顔を出してる状態でレンチンするやり方が主流のようです。

 

私がレトルトカレーを食べていた10年前くらいは、大体湯煎していたと思うのですが、これもひとつのテクノロジーなんだなぁと思いました。

 

で、今日、慣れた手つきでボンカレー辛口をレンジに入れてスイッチオンしたら、なんかいつもと様子が違って、中で箱が転がっていました。

 

それで、なにか「ボンッボンッ」という音がしていました。

 

「大丈夫かなぁ?」と思って、規定の1分30秒温めたあとにレンジの扉を開けると、中身の一部が通気口からドローリと飛び出て全然大丈夫じゃありませんでした。

 

幸い、そこまで大量に中身が飛び出たわけではなかったので、キッチンタオルで4回くらい拭いたらレンジが綺麗になりました。

 

パウチの通気口周りに、中身が接近しないように、最初にトントンするべきでした。

 

以前の日記で、ミクロの小人とマクロの巨人(人間)の関係性の世界観について書きましたが、こんなカレー小爆発を起こしているようでは、巨人としてなかなかやっかいな存在になっているなと反省しました。

 

無事だったカレーを、温めた冷凍ごはんにかけて、食べてみたら、んー美味!

 

1人前の美味しいカレーをお手軽に食べられるレトルトカレーはとても便利でいいなぁと思いました。

 

カレーを食べた後、無性にバナナが食べたくなり、買いたかった洗剤と一緒にバナナを買いました。

 

一房4本のバナナが130円くらい。安売りの日だったらしく、お買い得でした。

 

家に帰り、バナナを食べて、おなかいっぱいになりました。

 

父から、「バナナは昔は病気の時しか食べられないような貴重品だったんだよ」と話を聞きました。

 

今は130円で買えるバナナですが、この1本のバナナを、大層有り難がって食べていた時代は、現代人にとってどう見えているでしょうか。

 

バナナを食べて

 

「あーあ、バナナ程度じゃ満足できないな、もっと美味しいパフェとか食べたい」と思う人。

 

バナナを有り難がって、一口一口噛みしめるように味わって食べる人。

 

どちらがいいのか、バナナよりも美味しいパフェを食べられる現代が良いと思うか、パフェはないがバナナで至福の喜びを感じられる時代が良いのか。

 

たった1個のチューインガムを時間をかけて味わって噛むのがいいのか、それとも多くのチューインガムを1個当たり15秒くらいかけて次々と違うものを噛むのがいいのか。

 

マクロデータに追従するならば、後者の「次々と違うガムを噛む」方が、「甘味の最大化」が達成しやすいでしょうね。

 

ただ、人間の感受性、「飢えがあってこその満足」という価値観の構造を考慮した場合、スローな人生の中で、わずかで希少な甘味を強調させることも又、合理性を持ちます。

 

「甘味の最大化」に飽きた人は、端っこに走って行ってしまったことを自覚して、まんなかに戻ってくるのだと思います。

 

糸の切れた凧のように、飛んでいってしまう人も、いずれは帰ってくるのでしょう。