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争いについて考えてみた その7

①争いの発生を防ぐ方法

②起こった争いを解決する方法

 

今回は②について考えてみたいと思います。

 

今回もブログを書きながら考えます。

最近、考えるためだけに時間を使うのがもったいなく感じるようになりました。

今欲しい情報は、部屋にこもって考えても手に入りにくいものなので考える意欲の減退は仕方ないですね。

 

では、いきましょう~。

起こった争いを解決するには、どうすればいいのか?

 

まず第三者の立場での行動について考えます。

 

第三者の行動の選択肢

・一方が他方を叩きのめすことを促進させる

・争いを強制終了させる(勝ち負けなし)

・争いの様子を観察して情報収集する

・争いによる被害を減じるように働きかける

 

行動を挙げてみて気づきましたが、

取るべき行動を決めるには、第三者がどうしたいのか、目的を定めないとわかりませんね。

 

争いが起こったときの第三者が設定しうる目的とは

・起こった争いを好機と捉えて、自分の利益を追求する

・争いをあってはならないこととして、できるだけ早く終わらせて被害を抑える

 

この2つかなと思います。

漁夫の利という言葉があるように、なんらかのゲームのプレイヤーとしての立場を取るならば、自分とは関係の無いところで争いが起こることはチャンスと言えます。

 

ただ、これは争いの解決と言えるのか・・・言えない。

今回のテーマから言うと、後者の目的を取るという前提で話を進めます。

 

「争いをできるだけ早く終わらせて、被害を抑える」

 

この目的にかなった行動として有り得るのは、

①どちらが勝った方が平和状態に近づくか見極めて、その一方に加勢する

②争いをやめるように両者を説得する

③非戦闘員を速やかに避難させる

です。

 

①は、争いをしている両者それぞれに正義と悪のレッテルを貼り、将来的な平和を達成しようという意図です。

 

相手がISみたいな相手だったら簡単ですが、先進国同士の領土問題などで戦争になったケースを想定すると、正義と悪のレッテル貼りが難しくなります。

 

確信なしに、軽率に一方に加勢するような雰囲気になると、世界大戦のような大規模な戦争に発展するリスクがあります。

 

武力を行使する目的が平和を実現するためなのか、平和以外の利を追うためなのか、の見極めが重要です。

 

両者とも平和以外の利を追って戦争をしているのならば、加勢はしない方が賢明です。

一方が勝つと自分(第三者)に利がある、という状況において、加勢をしない判断ができるか、という点が過去とこれからの未来の国の在り方を区別するキーになると思います。

 

ロシアはおそらく平和以外の利を追ってアサド政権に加勢していますが、この態度はもはや古いタイプの発想だと言いきっていいと思います。ロシアは進化する必要があります。

 

これくらいで次の②にいくと浅いんですが、疲れてきたので②にいきます。

 

②争いをやめるように両者を説得する。

 

当事者からすれば、一度振り上げた拳を収めるのは、ある意味勇気がいる行動だと思います。これを仲裁する役割を担えるのが第三者です。

 

争いを始めた事実があるということは、その背景に利害の衝突があるということです。

その衝突を解消する具体的な案を提示しなければなりません。

この技術は、世界平和にとって極めて重要な技術だと思います。

 

個人レベルで考えてみます。

 

「二次会でイタリアンを食べたい人」と「二次会で和食を食べたい人」の争いを考えてみます。

 

どちらも「それ以外は食べたくない!」と言っている状況です。

これを説得する方法があるかと言えば、驚くほど思いつかないですね。

 

前回のブログで書いたように、両者の「特殊な前提」を崩していくアプローチになる(「それ以外は食べたくない」を崩す)と思うのですが、具体的にどうすればいいのか、それが問題です。

 

気が変わるまで頭を殴る、とか壊れたテレビを治すような方法しか思いつきません。

強いて言うなら、イタリアンでも和食でもない、もっと美味しい店を提示するとか。

 

人間の思い込みを修正するという作業は、「教育」の分野の超高等テクニックなんだと思います。白い紙のような子供に教えるのも簡単ではないのに、固まった頭を持つ大人を再教育するというのは「物理的(脳神経的)」にハードルが高いですね。

 

子供への教育の時点で、「自分の思い込みを修正する」プログラムを実装させるのがベストだと思います。

 

私は脳を情報を扱うことに特化すると決めた時点で、思い込みという罠には細心の注意を払ってきたので大人になっても「論理的思考の分野」における思い込みは操作できているつもりですが、そういう訓練をしないで大人になってしまった人は、まず無理でしょう。

 

教育というのは、独裁国家においては「特定の思い込み」を刷り込むことですが、まともな民主国家においては「思い込み」を削除することだということです。

 

争いをやめさせるには、そのもっと前の教育の段階で手を打たないといけないようです。

 

トランプさん陣営ように「すぐに目先の手柄が欲しい」という頭ではなく、教育による長期的な地盤固めに注力できる指導者を選ぶことがこれからの時代のキーポイントなんでしょう。

 

この辺で②はやめます。疲れた・・・③は何だっけ。

 

③非戦闘員を速やかに避難させる

 

これは紛争難民問題ですね。

ドイツでもフランスでも?よく知りませんがシリアからの難民が流れ込んできて、その受け入れに多額の税金が使われて国益が損なわれていると。

 

なんで外国人のために自国民が犠牲にならんといかんのかと。

 

そういった意見をニュースで耳にしますが、紛争難民を、「通常の外国人」として扱うのはいかがなものかと思います。

 

紛争難民は、間違いなく国際社会において守られなければいけない対象です。

 

しかし問題は、彼らを守るパワーを持った組織が、現時点で存在していないということです。

 

本来ならば、難民を守る機関が金を出して守らなければいけないところを、ドイツやフランスといった先進国が身銭を切って代わりに助けてあげているという状況です。

 

紛争難民は救わなくてはいけないですが、ドイツ・フランス国民の言い分も正しいという、これもある種の矛盾ですね。

 

フランスは自国第一主義の候補が人気を取っていますが、これは今までの路線からの反発で、長期には続きません。だって現実に即してない時代遅れの路線だからです。

 

自国第一主義は「現実に合ってねぇな・・・」と察したときに、難民保護問題というでかい壁が目の前にそそり立つのです。

 

これは国連を組織的にサナギから蝶にするように、世界全体をコントロールするための権力を与えることが必要になると思います。

 

必要だから作るべき、ではなくて、現実に対応するためにはそれ以外道がないと悟って自然発生する、といったニュアンスですね。

 

今回のテーマは後半雑になったわりにけっこう良い成果があったなと自画自賛したところで、終りにしたいと思います。さよなら~