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刑法について考えてみた その5

刑法を読んでみようのコーナーその5です。

 

刑法「総則」の第7章「犯罪の不成立及び刑の減免」を取り上げています。

 

刑40条 削除

 

なんですとっ!?

削除ときました。いったん決定された条文が削除されるというのはレアケースなのではないでしょうか。

 

こういう所にしばしば「重要な情報」が眠っているものです。

早速削除された条文を見てみます。

 

刑40条

イン唖者の行為はこれを罰せず、又はその刑を減軽す。

 

「イン唖者(いんあしゃ)」とは、耳が全く聞こえずしゃべれない人のことを指す言葉です。

 

これは明治時代からの遺物のような条文で、当時は聴覚障害者は教育が受けられなかったという背景があり、イコール刑事責任が無いとされていたらしいです。

 

この削除のきっかけとなったのは、イン唖者による犯罪の被害者の要望ではなく、

当事者である聴覚障害のある団体が「我々に責任能力がないことはない。40条は差別的である」という主張を自ら行ったことによるものです。

 

これを受けて、平成7年に40条は削除となったのでした。なるほど~

 

つまり、時代の変化により環境も変わり、それに伴ってイン唖者の人たちが責任能力を得た→法律のバージョンアップ ということですね。

 

これは私の期待?から外れた、「納得できる削除」ですね。

もっと司法当局の「意思」の情報が拾えるような「削除」の方が都合が良かったです。

 

このシリーズのその1冒頭でも書きましたが、

私は国の統治者が犯罪に対してどのような態度をしているのか?を知るために「刑法を読んでみよう」をやっています。

 

ここまでの感触だと、非常に実務的な観点から作られているな、という印象です。

そもそも法律を作ってるのは統治者ではなく、

官僚や学者だということに考えが及んでなかった・・・考えなしで走ってました(汗)

 

例えば「その3」で取り上げた「故意」の38条3に

法律を知らなかったとしても(中略)罪を犯す意思がなかったとすることはできない。(後略)

 

とあるように、運用面でのトラブルを避けようとしている意思が感じられます。

もし上からの統治をする者が法律を作っているのならば、この条文は存在していないと思います。

 

国の指導者とは、現場の状況に合わせるのではなく、示した方向性によって現場を支配することがその役目だからです。

 

日本は民主主義国家で、三権分立(司法、立法、行政)だということを思い知らされました。北朝鮮ではないんですね・・・。

 

取りあえず刑法総則の7章はあと「責任年齢」「自首等」が残ってるので、教養として読んでいこうと思います。

 

当初の趣旨(統治者の意思を読み取ること)を達するには、法律の条文を読み込むことよりも、「どんな法律が存在しているか、と、そのバランス」を調べた方がよさそうです。

 

日本国が近代国家の定石システムの枠で動いているといっても、

実際的に権力を持っている一部の人間が、その影響力を行使しているという現実がある(多分ある)以上、その痕跡は必ず残っているはずです。

 

その痕跡を麻薬探知犬のようにクンカクンカしていこうと思います。

幸福について考えてみた2

日頃、幸福感を感じることがあまりないです。

 

ひどくイライラしたり不安になったりはしないけど、ずっと軽いマイナスの感情をキープしてるような状態。

 

たまにプラスになるときもあるけど、トータルで言うとマイナスの方が大きいです。

 

これって私独自の現象なんでしょうか?

他の人は、ずっと幸福感で満ちてる生活をしてる人もいるのかな?

 

不満の元がないと幸福も感じないと思うので、幸福感が大きい人は不安やイライラも大きいのではないか・・・と予想します。

 

つまり、みんなトータルではマイナスなんじゃないか?とふと思いました。

 

人間は、神様の仕掛けた詐欺システムに組み込まれているのでは?なんていうことも思ってしまいます。

 

一瞬、浮かび上がるプラスの幸福感を求めて、マイナスの状態に甘んじているとしたら、これはまさに「パチンコ依存症」の仕組みそのものですね。

 

パチンコは店が儲かるような設定になっているので、打ち始めた瞬間に負けが確定します。テラ銭(賭博の場代)を取る公営賭博なども同じです。

 

負ける(金が減る)とわかっていながらパチンコにのめり込む動機とは、大当たりしたときの快感がとても気持ちいいからです。

 

客観的に見ると、大金をつぎこんで大きなマイナスになっているのだから、正気の沙汰ではないですが、

 

本人からするととても合理的な行為であることも事実なのです。

 

つまり、パチンコ依存症の人は「持ち金が減っても構わないから快感が欲しい」という価値観を持っているのです。

 

普通の人は、「持ち金が減っても構わない」とは思いません。

 

この「構わない」と思えることは、ある意味、「強さ」だと思います。

普通の人が払えない犠牲を、払うことができるという強さです。

 

言い換えると「資本力がある」ということです。

 

幸せになるためには、何らかの犠牲(コスト)を払う必要があります。

もしも他の人にとって「価値があり」、かつ、その人にとって「どうでもいい」ものを犠牲として払うことができたら、その人にとって丸儲けです。

 

そのいびつな価値観そのものが、幸福になるための大きな資本力となります。

 

私の場合は、「幸福感なんてどうでもいいから好奇心を満たしたい(必要な情報が欲しい)」といういびつな価値観を持って、結果、大きな満足を得ました。

 

この得られた満足と、犠牲にした幸福感を天秤にかけると、おそらくトータルでは負けになります。

しかし、私は後悔しておらず、今でも間違ってなかったと思っています。

 

この心理状態は、まさに「パチンコ依存症」の仕組みそのものだということに気付きました。

 

つまり、「パチンコ依存症」もひとつの幸せの形と言えるのではないか、と言いたいのです。

 

パチンコ依存症」の戦術とは、

自分にとって価値のないものを大きく犠牲にして(資本力をつけて)

自分にとって価値のあるものを集中して獲得する、というものです。

 

私とパチンコ依存症の人の差とは、その手段にあります。

私の場合は、頭でウンウン考えるだけなのに対して、

パチンコの場合は、金と時間がかかります。

 

パチンコ依存症の人は「金が減っても構わない」という頭なのは間違いないですが、現実問題として金と時間の浪費は致命的な問題です。

パチンコ依存症が病気とされているのは、社会的な価値観から問題ありだからですね。

 

戦術論でいうとこれはちょっと極端な例になりますが、

パチンコ依存症の仕組みである「マイナス状態に甘んじて大きなプラス(快感)を求める→結果トータルで負け」は、おそらく普遍性があるのではないかと思っています。

 

つまり、幸せな人(ずっとプラス状態→トータルも勝ち)なんてこの世に存在しないんじゃないか?という指摘です。

 

非常に裕福な人がいたとします。その人はお金をたくさん使って(コストを払って)多くの快感を獲得できます・・・これは幸せと言えるでしょうか?

 

もし、その人にとって最も価値のあるものが金で買えるものならば、幸せなのかもしれません。

 

私の場合は、価値のあるものが金で買えないものなので、これは想像するのが難しいです。

 

「金持ちのパチンコ依存症」というのはあり得るでしょうか?

 

金をうなるほど持っていて、パチンコの大当たりで快感が得られるとは考えにくいです。この辺、世の中簡単じゃないな~と思います。

 

私が何かを考えるときの情報元は自分自身に大きな比重がかけられているので、自分とは違う快感を感じるケースを想像できなくてもどかしいです。

 

色んな人の頭の中を体験するようなバーチャルリアリティーが欲しいな。

刑法について考えてみた その4

刑法を読んでみようのコーナーその4です。

 

刑法「総則」の第7章「犯罪の不成立及び刑の減免」を取り上げています。

 

心神喪失及び心神耗弱

 

刑39条1

心神喪失者の行為は、罰しない。

 

刑39条2

心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

 

おぉーなんてシンプルなんだ。

今回は、「心神喪失」と「心神耗弱」の定義について知れば、理解したことになりそうです。

 

調べてみたところ・・・

精神病や飲酒・薬物中毒により、善悪の判断能力(事理弁識能力)又はこの判断に基づいて行動する能力(行動制御能力)が失われているケースを指すとのこと。

 

この能力が、全く無い状態を「心神喪失

この能力が、普通の人より著しく劣っている状態を「心神耗弱」と言うそうです。

 

なるほど~

 

ちなみに酔っ払い運転で人をひき殺してしまった場合は、

「酒を飲む前にこのことが予見できた」という点から、心神喪失には当たらないという判例が存在します。

 

又、精神病=心神喪失ではありません。

5人を殺害した統合失調症の男の裁判では、

・犯行当時の病状

・犯行前の生活状態

・犯行の動機

・犯行の様態

を総合して心神喪失に当たるか判定すると裁判官は言ったそうです。

 

ここで課題が浮き上がってきます。

 

心神喪失で不起訴・無罪になったケースで、問題になるのが再犯の可能性です。

 

2001年に大阪府池田市で起きた「小学校児童・教師23人殺傷事件」は、

犯人の男がその前の別の事件で「統合失調所による心神喪失」と判定され不起訴

措置入院(自分や他人を傷つける恐れのある精神障害者を強制入院させること)

→1か月後に退院

→その後23人殺傷事件を起こしたというものです。

 

この事件を受けて、

 

2005年「心神喪失者等医療観察法」という法律が制定されました。

これは心神喪失によって裁判で不起訴・無罪などになった案件に対して、

検察官の申し立てにより、裁判官と精神科医措置入院の必要性を審判するものです。

 

「必要あり」とされた場合は、通院or入院を決めて指定病院に移されます。

退院した後も保護観察所による観察が原則3年続きます。

 

又、裁判の前に行われる検察の精神鑑定結果を却下する場合もあります。

つまり「責任能力あり」という審判により、検察が起訴に踏み切るというケースも多く存在します。

 

ふぅ~一休み。

 

弁護士の人がよく「責任能力なかった」という主張で無罪にしようとしているのをニュースで見て、いつも「それっていいのかなぁ」と思ってしまいます。

 

心神喪失なら無罪」という枠に押し込めるような、本来の法の趣旨から外れる運用なのではないか?という感覚です。

 

そもそも事件を起こした人に味方する弁護士って正義なの?という根本的な疑問があります。

 

裁判官が事件を客観的に見て、犯罪性と非犯罪性の両サイドを考慮して審判を下すことは不可能なのかなぁ。

 

一人の脳みそでそれをやれないことは無いと思うのだけど・・・「客観的な視点に耐えうる」公平性を担保するという意味で、分業体制は必要ということかな。

 

弁護士だけ見ると悪の味方みたいだけど、裁判官・検察・弁護士の三者でワンセット(=公平な審判を下すシステム)と考えれば、高い報酬を貰ってるのも納得できます。

 

「オレが一人で調べて、一人で正しいジャッジを下してやるよ!!」というスーパー裁判官の映画とかあったらカッコイイから観に行くのになぁ。

 

話が心神喪失からズレてしまった・・・このテーマはまだつっつく余地がありそうです。それはまた今度にします。

アメリカ大統領選挙を見て考えてみた

トランプさんが大統領になってしまいました。やばいよやばいよ~

 

アメリカの衰退はすでに深刻なレベルであることを象徴しているようです。

 

アメリカ国内は移民(=生まれた時からアメリカ国民ではない人)が勢力を伸ばしていることが社会問題になっています。

特にヒスパニック系が多いとのこと。この移民の中には多くの不法移民も含まれます。

 

アメリカ国内には移民はどの程度存在するのか?

・労働ビザなどを取得している非移民は約4000万人、

・アメリカ国籍取得を目指している合法移民は約2000万人、

社会保障番号などを持たない不法移民は約1000万人いるそうです。

 

アメリカ人口は2016年時点で3億2000万人ですから、不法移民の割合は3%に達しています。

 

こうした不法移民増の背景には、

 

・アメリカに潜在する、スキルを必要としない単純労働者の需要の大きさ。

北米自由貿易協定(NAFTA)によるメキシコ系移民の大量流入。

 

があります。

 

北米自由貿易協定」とは、カナダ・アメリカ・メキシコの参加国間の関税を撤廃し、貿易を活性化させようとするものです。

 

この結果、アメリカ産の農産物がメキシコに大量輸出され、職を失ったメキシコ農家の労働力が不法移民としてアメリカに流れ込んだ、という経緯です。

 

大量の不法移民が入るとどうなるか?

 

白人系のアメリカ人で労働者階級の人らは、自分たちが追いやられて職を失うのではないかと戦々恐々とします。

 

そのため彼らは「メキシコとの間に壁を作る」と言ったトランプを支持したのです。

 

又、本来、(日本で言うところの)生活保護を受ける資格のない不法移民が、不正に受給をするケースが増えたため、政府はこの支給に厳しい制限を設けました。

 

その結果、アメリカ国民の白人でも生活保護を受けられず、貧困から抜け出せなくなるケースが多く起こり、社会問題になっています。

 

オバマ大統領はこの問題に対し、「労働者の強制送還に猶予を与え、労働の資格を与える」という政策を打ちだしました。

不法労働者をアメリカ国民として迎えようとする方針です。

 

しかし、これに対してテキサス州の一部の知事が反発し、連邦地裁・高裁が差し止め命令を出しました。

 

オバマ大統領は最高裁に上告、そのジャッジは「イーブン」となり、結果、高裁の判断が有効となり移民政策は阻止されたのです。

 

この経緯を持って、トランプ氏が大統領に選出されました。

 

アメリカは不法移民との融和を図ったオバマから、トランプの強硬姿勢に舵を取った形です。

 

アメリカ社会は日本と同様に高齢化を迎えていて、社会保障の問題が重くのしかかっています。

 

その背景を考えると、アメリカ国の国益を第一に考えるならば、トランプ策の方が優れているのかもしれません。

 

トランプさんは諸外国との協調よりも自国の国益を優先する方針なのだと思います。

この方針は、「誤りではなく、頓挫する」結果になると私は予想します。

 

世界の警察として多くの手を出してきたアメリカの生きる道は、世界との融和しか有り得ません。

多くの移民を受け入れてきた歴史を持つアメリカならばそれはできそうな感じはしますが、この移民たちは自国で虐げられてきたという背景があります。

 

つまり、アメリカは潜在意識的に、周りを信用していないのです。

このわだかまりを溶かして、融和への道を歩むのが王道です。

 

今は体がボロボロ状態なので、アメリカは必ず没落します。

そこで国際社会において存在感を出してくるのが中国です。

 

私は、「中国の波に乗るべきだ」と思っています。これは真剣な直感です。

日本の首相には、トランプへの対応よりも、中国への対応で失敗しないことが求められていると思います。

 

「中国の言いなりになってはいけない、かつ、中国の力を削いではいけない」

といった感じです。

 

もっと具体的に言うと、「中国政府を弱体化させて、中国国民を元気にする」ということです。

これができるのは日本くらいだと思います。安倍さんの手腕の見せ所ですね。

刑法について考えてみた その3

刑法を読んでみようのコーナーその3です。

 

刑法「総則」の第7章「犯罪の不成立及び刑の減免」を取り上げています。

 

■故意

刑38条1

罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

 

刑38条2

重い罪にあたるべき行為をしたのに、行為の時にその罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

 

刑38条3

法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

 

今回は、あまり専門用語が出てこないので、ちょっと長いけど文章としては読みやすいですね。

 

そもそも「故意」とは何ぞ?と調べたところ、イコール「罪を犯す意思」だそうです。

 

刑法では原則として「故意犯」しか罰しない決まりになっていて、故意ではない「過失犯」は特別に規定がある場合に限り罰することになっているとのこと。

 

過失罪には、「過失傷害罪」や「過失致死罪」などがあります。ニュースでよく耳にするフレーズですね。

 

専門用語が出てこないと言ったけど、このテーマにおいて、「故意と過失の境界」はどのようなものか?を正しく知らないと理解したことにはならないようです。

 

故意の定義とは・・・

【その人が自分の行為において、「刑法の条文において規定されている構成要件(※)に該当する」という客観的事実を認識しながら、敢えて行為に出ること】だそうです。

 

※「構成要件」とは・・・

例えば窃盗罪の条文

「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」のうち、この「他人の財物を窃取した」が構成要件に当たります。

 

調べたサイトの解説によると、

構成要件に当たると認識していたかどうか、の判断は容易ではないそうです。

これを突き詰めていくのが大学の「刑法」という科目の趣旨とのこと。

 

例えば・・・

コンビニの傘立てに傘を置いて、買い物後に取ろうとしたら同じような傘が何本もあって自分のものがわからなくなった。

これだろうと思って適当にひとつの傘を家に持ちかえったが、よく確認してみるとそれは自分の傘ではなかった。

 

この場合は窃盗罪の構成要件「他人の財物を搾取した」に当たることを認識していたと言えるでしょうか?

 

答えは、故意には当たらない(過失)というジャッジになります。

 

でも結果的に盗んでるじゃん!とツッコミを入れたくなりますが、「過失」はセーフなのです!

 

なるほど~ここまでの理解で、再度「故意」の条文を読み返してみます。

 

■故意

刑38条1

罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

>故意でない場合は罰しない、特別な規定「過失罪」に当たる場合はこの限りでない、ということですね。 

 

刑38条2

重い罪にあたるべき行為をしたのに、行為の時にその罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

>これは具体的な事例がないと良くわからないですね。調べてみると、

「コカインだと思って所持していたものが実は覚せい剤だった」というケース。

(罪の重さは、コカイン<覚せい剤

この場合は、覚せい剤所持の罪には問われないそうです。

 

「コカイン所持の故意によって、覚せい剤を所持した」

このミスマッチを「抽象的事実の錯誤」といいます。

パズルゲームみたいな複雑さが出てきました。

 

刑38条3

法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

>これだけ読むと文章の意味は理解できるんですが、

「法律を知らない」は、「故意がない」に含まれるんじゃない?とこんがらがってきます。

 

整理すると、

「法律を知らない」=「行為が刑法に規定されていることを知らない」

「法律を知らないけど故意がある」=「行為が刑法に規定されていることを知らないけど、刑法の規定(構成要件)に当たる行為だと認識していた」

ということですね。

 

もっと違いを鮮明にすると、窃盗罪のケースに例えるなら

「法律を知らない」→「盗むことが罪だと知らない」

「故意がない」→「行為が盗むことに当たると知らない」

 

主語が違います。上は「盗むこと」で、下は「行為」。

刑法では、「盗むこと」=「罪」という条文(235条)が存在していて、その前提があった上で38条1・2で「故意」について言及しています。

 

法律を知らないうんぬんは、「この前提が当人の頭にあったかどうか」の、「故意以前の」問題なんですよね。

 

つまり38条3では「盗むこと=罪」の前提が(当人の頭の中で)成立してなくても、前提は正しくて、故意は成立する→罪も成立する(ただし情状により減刑可)ということを言っているのです。

 

ややこしいな~言葉のパズルがひとつ解けました。パズルは苦手です。

 

ニュースとかでよく聞く、警察の取り調べ結果で「殺したのは間違いない」などのフレーズ、これは「故意」が成立していることを伝えているんですね。

 

自分の犯行をそのまま口にするのはどんな気持ちだろう・・・私だったら「もう観念するしかない」ってゆう気持ちになるだろうな。

 

故意は手ごわかった・・・次回は39条「心神喪失及び心神耗弱」です。

では、さようなら~

刑法について考えてみた その2

刑法を読んでみようのコーナーその2です。

 

刑法「総則」の第7章「犯罪の不成立及び刑の減免」を取り上げています。

 

■緊急避難

刑37条1 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危機を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

 

刑37条2

前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

 

長いよ!文の構成ごとに分けて見ていきます。

 

刑37条1

(自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する)(現在の)危機を避けるため、

>対象は前回の「権利」と同じで、「現在の」も前回の「急迫」と同じようです。

 

(やむを得ず)にした行為は、

>これも前回に出てきた言葉。

どうしても仕方なくやったことか?の「必要性」と

必要最低限の対処だったか?「相当性」が問われています。

 

(これ[=やむを得ずにした行為]によって生じた害が

避けようとした害の程度を超えなかった)場合に限り、罰しない。

>「超えているかどうか」の判断はちょっと素人には難しそうです。

例を上げると、海で2人の人が同時に溺れそうなとき、一人用の浮輪を使うためにもう一人を犠牲にすることは、緊急避難に当たるとのこと。

 

ここまで見て、刑36条の「正当防衛」と何が違うんだ?と疑問に思いました。

調べてみると、

「正当防衛」は・・・他者からの不正な侵害を受けた場合

「緊急避難」は・・・自然災害や事故による危機にみまわれた場合

の規定のようです。

 

例えば、地震津波から逃げるために、停めてあった自転車を盗むことは「緊急避難」に当たる、という感じです。(注:この例は私が考えたもののため違うかもしれません)

 

第一に「法の考え方」をきっちり決める手法ならば、この2つを分ける必要はないと思いますが、これを分けているということは

 

法律は、「現実に起こるあらゆるケース」に適応した形が好ましいとされていることを示していると思います。法律を学ぶときは、やはり判例を見るのが早道のようです。

 

ただし、その行為を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

>「情状」というのは何ともあいまいな基準のように思います。

調べてみるとその対象には

被害者の状況、被害の回復状況、弁償、被害感情、被告人の後悔や反省の状況

などがあるようです。

 

「被害感情」というのが入っているのが気になります。

やはり刑は、公的な報復という側面があるんでしょうか。

 

刑37条2

前項の規定は、(業務上特別の義務がある)者については、これを適用しない。

>「業務上特別の義務がある者」とは、警察官や消防士、自衛官などが当たるそうです。

 

彼らは一般市民の安全が確保されるまで、自らに降りかかる危機はギリギリまで避けてはいけない義務を負っているため、このような規定があるとのこと。

 

彼らのオフ日には緊急避難は適用されるのかな?と疑問に思いました。

 

以上です。

「正当防衛」を一生懸命調べたおかげで、緊急避難は比較的すんなり理解できました。

次回は「恋」・・・じゃなくて「故意」を読んでいこうと思います。

刑法について考えてみた

私は法律はほとんど知らないですが、

 

犯罪に対して国(統治する者)がどのような態度を取っているか興味があり、

刑法をググってみました。

 

そこで気になった点を色々考えてみようと思います。

 

刑法は大きく分けて「総則」と「罪」の2編で構成されているようです。

今回は「総則」の第7章「犯罪の不成立及び刑の減免」をピックアップします。

 

■正当行為

刑35条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

前者(法令)は、他の法律とのケンカを避けるということで納得です。

しかし後者(正当な業務)はちょっと?です。

 

法令以外で、行為を正当化する手段や仕組みとは、具体的に何があるんでしょうか。

調べてみたところ

「ボクシング選手が相手を殴る行為」

プロ野球選手がデッドボールを当てる行為」

ラグビー選手が相手をタックルする行為」

などがあるそうです。

ふむ・・・言いたいことはわかるんですが、これが暴行罪にならない根拠が謎です。

 

形は暴行罪の要件に合っていても、それが「社会的に相当な行為」と認められれば、違法ではないとのことです。そのジャッジは裁判所が下すと法律事務所のホームページの解説に書いてありました。

 

私にとってこれって新事実なんですが、行為が「正当な業務か、否か」の分かれ目が、裁判官の判断に委ねられてるんですね。

 

へえー法律ってそんなもんなんだー、もっと主観に頼らないでガチガチに決まっているものと思いこんでいました。

 

「法令に順ずる行為」以外の行為で、かつ、「暴行罪などに当たらない行為」を全部、「正当な業務」の一言にぶち込んでる感じですね。

 

法律の条文を読むときは、記されている言葉の意味を読み取とるよりも、まず構成がどうなってるか着目するのが正しい読み方のようです。

 

条文一個目からけっこうつまづいてる・・・これは複数回に分けないと無理だな。

 

今日はあとひとつだけやります。

 

■正当防衛

刑36条

1 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

これは有名なやつですね。

あまり知られてないのは、正当防衛には刑事上と民事上の2種類あるそうです。

へえ~。今回は刑事の正当防衛について見ていきます。

 

まずは構成から。

1 〇〇に対して、〇〇のため〇〇した行為は、罰しない。

2 〇〇の行為は、情状により、刑を減刑又は免除することができる。

 

1はすべての侵害に対してあらゆるカウンターをしかけてよいわけではないという文です。

2は減刑又は免除ができるよん、と言ってるだけのシンプルな文。

 

1 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

1の「急迫不正」について

これは現在進行形で発生している侵害に対しての防衛かどうか、について言及しているもののようです。

昨日殴られたから今日殴り返す、明日殴られそうだから今日殴っとく、はNGということです。なるほど~

ナイフで襲われそうになったとき、相手を縄でグルグル巻きにして動きを止めた「後」、殴るのもNGだそうです。

これは納得ですね。

 

1 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。 

1の「自己又は他人の権利を防衛するため」について

「権利」とは生命、身体、財産などが当たるそうです。

他人の権利を防衛するためでも正当防衛が成立するんですね。ほほ~。

知らないおばあちゃんを狙ったひったくり犯に、タックルをくらわすのは正当防衛ということ。覚えておこう。

 

「防衛」とは反撃するときに「攻撃してやろう」という意志があったかどうかについて規定しているものらしいです。

これはケースバイケースなので、裁判官の判断に委ねられるところでしょう。

けっこうあいまいだけど、これは一般人の感覚でも判断できそうです。

 

1 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

1の「やむを得ず」について

行為に「必要性」と「相当性」がある場合に、「やむを得ず」と認められるそうです。

 

「必要性」は「防衛」と同じことを言っているとのこと。

「相当性」は、防衛行為が必要最低限であったかどうかの判断を指しています。

・素手の攻撃に対して、刃物で反撃した

・財産を狙われているのに、相手の身体を攻撃した

・素手の攻撃に対して、武道経験者が素手で反撃した

これらは過剰防衛として違法だとされるそうです。

 

「財産を狙われているのに、相手の身体を攻撃した」

これって、ひったくり犯へのタックルはダメってことなんでしょうか?

調べてみたけど、よくわからなかったです。

 

今日はおしまい!

法律文を読むのってすごい疲れる・・・関連する判例をすぐ出してくれるアプリとか無いだろうか。

条文だけを読んで内容を理解するのはちょっと無理があるな。